「30代に突入して、時間の流れが今までとは明らかに違うと感じている」
多くの人が「30歳を超えたら落ち着くべき」「親になるなら自分を後回しにするのが美徳」と言います。けれど、タイムリミットを意識すればするほど、自分の中の「やり残したこと」が激しい叫び声を上げるのです。
自分の人生を使い切るための時間が欲しい自分と、家族の安全なスタートのために「今」動かなきゃいけない現実。
今回は、僕が「32歳というデッドライン」を前に直面した、綺麗事いっさい抜きのリアルな葛藤と、未来の資産形成(FIRE)と今しかできない体験(冒険)の天秤の合わせ方について語ります。
1. 冒険への未練と、「32歳」というデッドライン


ええ。32歳という年齢は、新しい家族のスタートラインとして、私たちにとって大きな区切りだと思っているわ。

男性側としても、フル美の体調や将来の家族の健康を考えれば、このデッドラインは絶対に無視できない。でもね、そうやって「あと2年」というタイムリミットを意識すればするほど、どうしても心の中に焦りや後悔の種が湧き上がってきて、逃げ場がなくて苦しいんだ。




2. 「子育て」という責任の重圧を、どう捉えるか


そうなんだ。親になる以上、子供を一番に考える責任がある。そうなれば、2人で行きたいねって言ってた「数ヶ月の海外放浪」なんて、物理的にも金銭的にも難しくなる。それに加えて、地域の行事や家事、育児……2人だけの自由な生活とは比較にならないほどの苦労と責任が、一気に押し寄せてくる。


正直に言えば、まだ自信がないんだ。「自分の人生をまだ何もできていない」と思っている僕が、すべての力を子供のために使い果たしてしまったら、いつか子供に対して「君のせいで僕は……」なんて思ってしまわないか。そんな気持ちで親になるのは、子供にとっても失礼で、かわいそうなことなんじゃないかって、自分を責めてしまうこともある。
3. フル美の「マチュピチュ」と、人間の『楽しむ力』にある賞味期限





スマホなしでマチュピチュは凄いよね(笑)。でも、今の僕たちは、もう当時と全く同じような泥臭くて過酷な旅をしようとは、体力的にも精神的にも思えないじゃない。

📚 未来の安定か、今しかできない体験か:『DIE WITH ZERO』の教え
この、僕たちが直面している「資産形成か、今しかできない冒険か」という揺れる天秤に、明確な指針を与えてくれたのが名著『DIE WITH ZERO』でした。
人生で一番価値があるのは、お金そのものではなく「蓄積された思い出」である。そして、思い出は若ければ若いほど、その後の人生で何度も振り返って幸せを感じられる「思い出の配当」を長く生み出し続ける。お金の使い時(体験)には明確な賞味期限があり、健康と若さを失ってからお金を使おうとしても、同じ質の感動は二度と買えない。
この本を読んだ時、僕はハッとしました。「40歳でFIREを達成するためにお金を1円も使わない」のではなく、30歳の今しか味わえない「台湾やバリ島への旅」に投資することは、将来にわたって莫大な思い出の配当を生み出す、人生において不可欠な選択なのだと確信できたのです。
4. 資産形成は、親になっても「自分を完全に捨てない」ための防波堤



そう。それなら、今の僕も救われる気がするんだ。子供との時間を全力で愛おしみながらも、傍らで自分の冒険の準備も進めていく。そんな欲張りな生き方を、戦略的に叶えていきたい。……でも、やっぱりこれって僕のわがままかな?


【さよならフルタイム運営より】
「自分の人生を、まだ何も使い切っていない」
30歳という年齢でそう感じるのは、あなたがそれだけ自分の可能性を信じ、人生を真剣に生きようとしている、何よりの証拠です。
親になることは、自分という個性を捨てることではありません。けれど、日本という社会の中で「親」を全うしようとすると、どうしても自分を後回しにして犠牲にすることを美徳とする同調圧力が働きます。
僕たちが必死に資産形成に励み、40歳でのサイドFIREを目指すのは、その強烈な圧力から「自分たちの人生」を守り抜くためです。
お金で時間を買い戻し、親としての責任を全力で果たしながら、一人の冒険者としての灯も絶対に消さない。
完全に納得できる答えなんて、すぐには出ないかもしれません。でも、そうやって夫婦で泥臭く話し合い、悩み抜いたプロセスこそが、いつか我が子に「お父さんとお母さんはね、君を育てる時も、自分の夢を諦めずに人生を楽しんでいたんだよ」と胸を張って語れる、最高の教育になるのだと僕は信じています。